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東京地方裁判所 平成3年(ワ)3859号 判決 1995年1月26日

主文

一  被告石原建設株式会社は原告に対し、別紙物件目録記載の土地について、別紙登記目録一記載の所有権移転請求権仮登記及び同登記目録二ないし四記載の各抵当権設定登記の各抹消登記手続をせよ。

二  被告御堂筋ファイナンス株式会社は原告に対し、別紙物件目録記載の土地について、別紙登記目録五記載の根抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。

三  被告(脱退)株式会社キャピタルリース引受参加人株式会社シンセンキャピタルは原告に対し、別紙物件目録記載の土地について、別紙登記目録六記載の抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。

四  訴訟費用は被告らの負担とする。

理由

一  被告石原建設及び被告御堂筋ファイナンスの本案前の主張について

1  被告御堂筋ファイナンスは塔ノ山町会が権利能力のない社団であることを否定し、被告石原建設も同趣旨の主張をするものと解されるので、検討する。

(一)  《証拠略》によれば、請求原因1(一)(1)ないし(3)、(二)(1)及び(2)の事実が認められるほか、昭和二八年一〇月二〇日塔ノ山町会発足と同時に定められた塔ノ山町会会則においては、同会に会長・副会長・理事・会計・会計監事の各役員を置くこと、会長は同会を代表し、同会の事業を統括すること、総会及び役員会は会長が招集し、その議長は会長が務めること、同会の会計は町会費及び寄付により賄うこと等が定められていたこと、右塔ノ山町会会則施行と同時に、従来の塔ノ山会則は廃止されたことが認められる。

(二)  右事実によれば、塔ノ山会は権利能力のない社団と認めるのが相当であり、また、塔ノ山町会は、団体としての組織を有し、構成員の変動にかかわらず団体が存続し、同会会則において代表の方法、総会の招集・運営、会計等団体としての主要な点が確定しているものと認められるので、権利能力のない社団と解するのが相当である。

(三)  したがつて、塔ノ山町会が権利能力のない社団でないことを前提とする被告石原建設及び被告御堂筋ファイナンスの主張は理由がない。

2  さらに、被告石原建設は、本件土地の所有権は大平産業に帰属し、原告には帰属していないので、原告は本件訴訟の原告適格を有しないと主張するが、塔ノ山町会が権利能力のない社団であることは前認定のとおりであり、《証拠略》によれば、原告は、本件各登記の抹消登記手続請求権を有すると主張する塔ノ山町会の代表者であり、構成員全員の受託者たる地位において訴訟当事者となつていることが認められるから、原告には当事者適格があるというべきであり、被告石原建設の主張は理由がない。

二  請求原因について

1  塔ノ山町会の本件土地取得について検討する。

(一)  請求原因2(一)の事実のうち、宝仙寺が本件土地をもと所有していたことは、原告と被告石原建設及び被告御堂筋ファイナンスとの間において争いがない。右争いのない事実に、《証拠略》を総合すれば、次の事実が認められる。

(1) 宝仙寺は、宗教法人上の設立登記の時期(昭和二八年五月二一日)を遡る明治初期の近代的所有権が成立した時期以降、本件土地を所有していた。

(2) 宝仙寺の代表者である住職富田道<名前略>は、昭和二七年三月ころ、塔ノ山会の寺尾ら有志一七名から合計五万二〇〇〇円の寄付を受けるのを契機に、本件土地を塔ノ山会に贈与した。

(3) 塔ノ山会は、昭和二八年一〇月二〇日塔ノ山町会発足に際して同会に対し、本件土地を黙示に無償で譲渡した。

(4) 塔ノ山町会は、宝仙寺が昭和二九年六月二二日本件土地の所有権保存登記をした後、宝仙寺から同会への所有権移転登記手続をしたが、その際塔ノ山町会名義では登記ができなかつたため、塔ノ山町会事務所所在地を肩書地として、「中野区塔ノ山町二九番地塔ノ山町会内寺尾辰己」名義で登記を経由した。

(二)  以上の事実によれば、本件土地は塔ノ山会から塔ノ山町会への無償譲渡により、塔ノ山町会構成員の総有になつたというべきところ、「中野区《番地略》塔ノ山町会内寺尾辰己」名義の所有者欄の「寺尾辰己」は塔ノ山町会代表者たる会長としての寺尾を意味し、寺尾個人を示すものではなく、したがつて、本件土地が塔ノ山町会の構成員の総有に属することを表示するものと解するべきである。

2  請求原因3(三)の事実は原告と被告らとの間において、同3(一)、(二)の事実は原告と被告石原建設及び被告御堂筋ファイナンスとの間において、それぞれ争いがない。右争いがない事実に《証拠略》を総合すると、請求原因3(一)ないし(三)の事実を認めることができる。

3  なお、本件土地について、脱退被告キャピタルリースのためにされた抵当権設定登記(主登記)につき、引受参加人シンセンキャピタルに対する権利移転の付記登記がなされた場合において、原告が、右抵当権設定登記(主登記)の原因となつた抵当権設定契約の無効を理由に右主登記の抹消を求めるには、引受参加人シンセンキャピタルを被告とすれば足りると解するのが相当である。しかして、本件において、引受参加人シンセンキャピタルの引受許可決定がなされた後、原告は明示的な申立てをしていないが、原告は、引受参加人シンセンキャピタルが、脱退被告キャピタルリースの原告に対する右主登記の抹消登記手続義務を承継したことを理由として、引受参加人シンセンキャピタルに対して訴訟引受けの申立てをしていること、脱退被告キャピタルリースは本件訴訟から脱退する旨の申出をなし、原告はこれを承諾していることからすると、原告は引受参加人シンセンキャピタルに対し、主登記の抹消登記を請求しているものと解するべきである。

三  「寺尾の処分権限」の抗弁について

1  被告石原建設及び被告御堂筋ファイナンスは、塔ノ山町会会長たる寺尾には本件土地の処分権限があり、寺尾は右権限に基づき、塔ノ山町会を代表して、三陸農機との間で本件処分契約をしたと主張するので、検討する。

2  権利能力のない社団の代表機関の権限及びその行為の形式は社団法人の場合に準じるものと解されるところ、社団法人における理事その他の代表行為は、代理行為と同様、法人のためにすることを示してこれを行わなければならない。

そこで、本件につき、寺尾の処分行為が、その会長たる権限に基づき塔ノ山町会を代表してなされたものか、個人としてなされたものかを考察するに、《証拠略》によれば、寺尾の代理人寺尾一男は、昭和四六年九月三〇日三陸農機代表取締役青木との間で、本件土地を代金七〇〇〇万円で売り渡す旨の売買契約を締結したこと、その際、寺尾一男は、契約書売主欄に「東京都中野区《番地略》 寺尾辰己 代理人寺尾一男」名義で署名・押印したことが認められる。右事実によれば、本件処分契約は塔ノ山町会のためにすることを示していないから、寺尾の本件処分契約締結行為は塔ノ山町会の行為と解することはできず、他に寺尾が塔ノ山町会を代表して本件処分契約をしたと認めるに足りる証拠はない。したがつて、本件処分契約が寺尾の会長たる権限に基づいてなされた塔ノ山町会の行為であることを前提とする被告石原建設及び被告御堂筋ファイナンスの主張は理由がない。

四  再抗弁(寺尾の権限濫用)について

1  仮に、本件処分契約が、寺尾の権限に基づいてなされた塔ノ山町会の行為と解する余地があるとしても、原告は、本件処分契約は寺尾がその権限を濫用してなしたものであり、三陸農機は右事実につき悪意・有過失であつたと主張するので検討する。

2  《証拠略》を総合すれば、次の事実が認められる。

(一)  本件処分契約は、塔ノ山町会総会において決議・承認を経たものではなく、寺尾が独断で締結したものである。

(二)  本件処分契約当時、本件土地は台形型の土地で、その南側約半分は東京都中野区との間で使用貸借契約を結んで児童遊園地として使用されており、北側は白玉稲荷神社の境内として鳥居、社殿、神輿蔵等が配置され、中央部には木造平屋建ての塔ノ山町会集会所兼事務所があつて、付近の商店街・住宅地とは明らかに異なつた使用状況であつた。

(三)  本件土地上には、本件処分契約当時、本件土地が塔ノ山町会の所有である旨記載したベニヤ板の立札があつたため、青木は寺尾一男に対し、所有関係に問題のある土地では困ると述べたが、所有関係に関する寺尾一男の言を軽信し、塔ノ山町会役員に対し本件土地の所有関係につき再度尋ねる等の調査をしなかつた。

(四)  青木は、本件土地の時価相場が坪当たり一〇〇万円はするものと考えていたが、本件土地の使用状況が(二)のようなものであつたため、時価よりはるかに低額であつたが、寺尾一男が融資を求めていた七〇〇〇万円をもつて売買代金とした。

(五)  前記のとおり、本件土地の登記簿上、寺尾の肩書住所には「塔ノ山町会内」と表示されていた。

(六)  前記のとおり、本件処分契約は、「東京都中野区《番地略》 寺尾辰己 代理人寺尾一男」名義でなされ、塔ノ山町会のためにすることは書面上明示されていない。

3  以上の事実によれば、塔ノ山町会には本件土地を処分する必要性は認められず、かえつて、継続して使用する意思があつたこと、青木は右事実を認識しうる情況にあつたこと、青木は塔ノ山町会役員等に対し調査すれば、寺尾の権限濫用の意図を容易に看取しえたことが認められるから、本件処分契約は寺尾がその権限を濫用してなしたものと認められるうえ、青木は右権限濫用の事実につき悪意であつたか、仮に善意であつたとしても過失があつたといわなければならず、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。そうすると、民法九三条ただし書の類推適用により、本件処分契約は無効であると解するのが相当である。

なお、被告石原建設は、信託法三一条ただし書、民法五四条によれば、本件処分契約が寺尾の権限濫用により無効となるためには、青木が権限濫用の事実につき悪意・重過失であることを要すると主張する。しかし、権利能力のない社団の外部関係は社団法人に準じると解されるところ、社団法人の理事がその権限を濫用して法律行為をした場合には、民法九三条ただし書の類推適用により、相手方が悪意・有過失の場合に右行為は無効になると解するのが相当である。したがつて、被告石原建設の主張は採用できない。

五  再抗弁(寺尾の権限濫用)に対する被告石原建設の主張について

1  被告石原建設は、大平産業との間で本件代物弁済予約契約及び本件抵当権設定契約を締結するにあたり、大平産業が無権利者であることにつき善意であり、原告は本件処分契約の無効を被告石原建設に対抗しえないと主張するので検討する。

(一)  権利能力のない社団の代表者が権限を濫用して処分行為をし、相手方がその濫用の事実を知り又は知らないことにつき過失があつて、右処分行為が無効となる場合において、相手方からさらに譲渡がなされたときは、民法九四条二項、一一〇条の法意に照らし、右無効は善意・無過失の転得者に対抗できないと解するべきである。けだし、この場合に外観を信頼した転得者の取引安全を保護する必要があるところ、権利能力のない社団の資産たる不動産は、判例・登記実務上代表者個人名義で登記せざるをえないとされており、権利能力のない社団には転得者の信頼の基礎となつた外観作出につき帰責性がないから、転得者の善意・無過失を要求することが、本人たる権利能力のない社団と転得者との公平に合致するからである。

(二)  《証拠略》によれば、次の事実が認められる。

(1) 本件土地につき、塔ノ山町会は、寺尾(後に同人の相続人ら)、森田合名会社、三陸農機、昭和信用金庫及び青木茂に対して訴訟を提起し、<1>昭和五一年三月一九日東京地方裁判所において認容判決がなされたが、<2>同五六年九月二八日東京高等裁判所において原判決取消、請求棄却の判決がなされたため、上告し、<3>同六〇年六月一八日最高裁判所において破棄差戻された。被告らは、本件代物弁済予約、本件抵当権設定及び本件根抵当権設定契約締結時、これらの判決内容を容易に知り得る立場にあつた。

(2) 原告は、<1>昭和四六年一二月二〇日東京地方裁判所に訴えを提起したことに伴い、同四七年三月二七日受付で、森田合名株式会社の所有権移転登記請求権仮登記、三陸農機の所有権移転登記及び青木茂の所有権移転請求権の移転登記の各抹消の予告登記を、<2>同五〇年一二月四日東京地方裁判所に訴えを提起したことに伴い、同月一〇日受付で、右各登記及び青木茂の所有権移転請求権仮登記の各抹消の予告登記を、それぞれ経由した。

(3) 本件土地の状況等は前記四2(二)(三)で認定したとおりである。

(4) 被告石原建設は、不動産の取得、売買、賃貸借、仲介、管理及び鑑定を目的とする資本金二三億四八〇二万六五〇五円の会社であり、本件土地の状況を調査することは極めて容易であつた。

被告御堂筋ファイナンス及び被告キャピタルリースはいずれも金融機関であり、調査能力も十分あつた。

(三)  以上の事実及び被告らが本件土地を担保に多額の融資をしていることに鑑みれば、被告らが、本件土地が大平産業の所有に属していないことにつき善意であるとはいえず、仮に善意であるとしても過失がある。

(四)  この点、被告石原建設は、<1>予告登記の存在をもつて第三者の悪意を推定することはできず、被告石原建設が登記簿を信頼して取引を行つた以上、むしろ無過失を推定すべきである、<2>本件予告登記は不動産登記法に違反して無効であると主張する。

たしかに、予告登記には第三者に対する事実上の警告的効力しかなく、対抗力、仮登記に見られる順位保全の効力、処分禁止の仮処分に見られる当事者恒定の効力は認められないと解されるうえ、予告登記は、訴訟を提起するだけで(権利主張者の主張内容の真実性の疎明を経ずして)なされるものであり、登記原因の無効又は取消事由の具体的内容が記載されないことから、予告登記のみをもつてしては、登記原因の無効又は取消についての悪意・過失を推定することはできない。しかしながら、予告登記が存在すれば、登記原因について係争中であることは認識可能となるのであり、予告登記は調査の端緒となりうるものと解されるのであつて、本件のように、金融業者である被告らは本件土地に付された予告登記の存在を当然認識していたものと推認される場合においては、予告登記の存在が他の諸事情と相まつて、被告らの過失を基礎づける事実となることまでは否定できないところである。

また、本件予告登記が不動産登記法上の要件を満たさず、本来許されないはずのものであつたとしても、一旦予告登記がなされ、それが存在する以上、予告登記が前述の調査の端緒として機能しうることは否定できず、右事情は前記(三)の認定の妨げとなるものとは解されない。

2  さらに、被告石原建設は、原告は、被告石原建設の抗弁2(二)記載のとおりの譲渡行為による中間取得者すべてが、前主の無権利につき悪意・重過失であつたことを主張・立証しなければ、被告石原建設に対し右登記の無効を対抗できないと主張する。しかし、民法九四条二項にいう第三者が善意(無過失)であることの主張・立証責任は、登記の有効を主張する被告石原建設が負うものと解され、右の理は同項の類推適用の場合も妥当すると解されるところ、本件においては、右中間取得者の善意(無過失)につき、被告石原建設の主張・立証がない。

3  したがつて、被告石原建設の主張は理由がない。

六  「不実の登記の放置」の抗弁について

1  「中野区《番地略》塔ノ山町会内寺尾辰己」名義の所有権移転登記は、本件土地が寺尾個人に属することを示すものではなく、塔ノ山町会の構成員の総有に属することを表示するものであることは前認定のとおりであり、右登記は不実の登記とはいえない。したがつて、右寺尾名義の登記が不実の登記であることを前提とする被告らの主張は理由がない。

2  被告らは、その前主たる大平産業名義の所有権移転登記が不実の登記であることを前提に、被告らが善意(及び無過失)であることを主張する。

しかし、塔ノ山町会が大平産業名義の不実の登記を放置したといえるか(塔ノ山町会に、民法九四条二項の類推適用を認めるだけの帰責性があるか)はともかく、前記五1(二)認定事実のもとにおいては、被告らはいずれも、大平産業に所有権がないことにつき善意とは認められず、仮に善意であるとしても過失がないとはいえないと解するのが相当である。

3  そうすると、その余の点につき判断するまでもなく、被告らの「不実の登記の放置」の抗弁には理由がない。

七  結論

以上より、原告の本訴請求はいずれも理由があるのでこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用し、意思表示を命ずる判決には仮執行宣言を付することができないから、仮執行宣言の申立ては却下することとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 大竹昭彦)

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